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久々のブログ更新。。

なんだか最近またドタバタしてしまい
自分が悪いんだけどもテンヤワンヤしている。。

今日はずっと待たせてしまっていた
車の名義変更に際する挨拶へ。。

本当に待たせてしまって申し訳なくって
ごめんなさい。


それからいつも良くいく和紙漉き師柏木さんのいる
飛騨市河合町へ。

今日はどうやらお留守だったので
今まで行ったことのなかった奥の方に足を運ぶ。

それはもう衝撃的だった。

水は透き通るようにきれいで
透明ガラスの少し青みがかっているような水の色が
とても美しいだけの一言では言い表せないほどきれいで
春を迎えた新緑の木々が迎え入れてくれるようだった。

飛騨に来て本当に田舎が好きになって
いつかここに役に立てる仕事をしながら
自分の暮らしを営んでいきたいと思っていたけど
もう心を掴まれてしまった。

そしてその鍵を僕は持っていて
それがこの村にひとつの未来を与えることができる
そうも思っている。

今日、河合に行ったのはそのためだ。
そしてその予感は的中する。

この村は山中和紙だけじゃない
それを支える風土がある。


現在、就職難民、若者の自殺など
「お金」をはらむ日本の問題は深刻化している。

窮屈な光の当たらない部屋
空の狭いビル群
日中も光るネオンサイン
満員電車の舌打ち
鍵をかけなければならない生活
否定を繰り返す自己啓発本
自己啓発ばかり話題にされる世の中

その中に豊かさはあるかもしれないけど
その先に豊かさはあるのだろうか。。


正直、今僕は悩んでいると思う。
「生き方」は一緒なんだけど
「行き方」が少々異なる。

そして「お金」のこと。

どうも僕は「お金」にするということが
つくづく苦手らしい。。
しかしそれは人任せにはしたくない。
それも不安すぎる。
もっと考えなきゃならない。。

でも悩むのは嫌いじゃない。

なんとかするとしよう。


僕は河合村出身でもないけど
河合村が好きなんだ。

そしてこの村には
「未来をはじめる可能性」を感じる。


ちなみに河合村のポスターに書いてあったこと



『もってけないから来てください。』


その通りだと思う。



毎度遅れてからの更新ばかりだったので
今回はちょっとフライング気味。。

4月もまたあっという間に終わった。
そして課題が山積みだった。

自分の弱いところを自分に自分が
徹底的に見せつけられたそんな月だった。

完全にキャパシティーを超えてしまって
それを安定させようとして我を忘れていたような気がする。

このGWの間にしっかりと頭を整理したい。


そして悪いことばかりなのかいいことなのか
自分のしたいことが固まりつつある。

そしてそれを実行に移すために
ここでするべきことも明確になった。

そのために時間の使い方を
より濃い時間を過ごさなければ
いけなくなった。

というかはじめからそうすべきだった。
けして今までに手を抜いて来たわけではないけど
でも、もっとできたと思うということは
そういうことなんだろう。


それをやり遂げて「おわり」にして
「はじまり」にしたい。

「おわり」にするのは早い方がいい。
でも疎かにはできない、してはいけない。

それは「はじまり」のために。


5月がはじまろうとしている。



今日もまた和紙職人柏木一枝さんに会いにいってきました。

特に和紙を買うとか用事があるとか
そういうわけではなく
ただ会って話をしに。

なんだかんだで月に二回以上のペースで会ってる。


僕はもともとデザインの勉強をしていただけに
伝統的なものをどう生かすかそんなことを考えていたと思う。

ただ一枝さんと話すようになって
「伝統を残すこと」ということが
必ずしもいいことではない気がするようになりました。

もちろん、あり続けてほしいとも思う。

よくいろんな方が(特にデザイナーの方が)
「伝統を残すために新しいデザインを」なんてことを
よく耳にする。そういうコンペもよく見る。

でも、一枝さんと関わるようになって
それがどこか「伝統」という記号でしかなくて
つくる人の「伝統」とデザインする人の「伝統」に
温度差を感じてしまうのです。

そしてその温度差がデザイン側に近いほど
温度が低いように感じてしまいます。

伝統がこれからも生き残るためには
ある程度は機械化したり効率
付加価値をもたせないとできないというのは
否定できない事実だとも思いますが

ただそれを形式化して
何も知ろうともせずにすることは
全く別のものができてしまう。


和紙はその末端な気がします。

和紙は漉くことだけが和紙ではない。
和紙の原料を育てることもそう。
どんな場所でどんなものを使ってどんな水でするのかでは
同じようで同じではなくなります。

そんなの対して変わらないと
思うかもしれませんが
その「そんなの」をしなかったから
一枝さんの仕事が残っているのも事実。

そして一枝さんは卸売りということを
ごく一部だけしかしていない。(飛騨高山の2,3件)

多くのお客さんは
和紙を求めて来てくれたり
来てくれたお客さんだけに
和紙を送ってあげている。

ずっとそれが続いている。


多くの和紙を見て触って来たつもりだけど
一枝さんの和紙の質に比べて価格は安い。

問屋さんで売れば一枚二千円を
超えたっておかしくないと思う。

ブランディングしてもっと高くして
色んな人に見てもらったらもっと
買う人が増えるんじゃないと
一枝さんに聞いてみたら。

「うーん、そういうことじゃない。」

そう言われた。

「私は求めてくれる人がいるから
 ここまでやって来れてると思う。

 もし、そのやり方を変えたら
 求めてくれてた人たちにわるい。

 お金にならんことかもしれないけど
 お金にしないといけないことでもない。

 こんな歳になっても体は動くし
 和紙を漉き続けられてる。

 あんたみたいに来てくれる人がいるし
 昔から私の和紙を欲しい人がいて
 わざわざ遠いところから買いに来てくれる人もいる。

 私はそれがうれしい。
 だから自分の仕事は間違いないと思う。
 ほんとにおかげさまなんだよ。

 そうやって昔から続いてきたことを
 守って来たから私は守られて来たんだと思う。

 だから山中和紙
 傷をつけるようなことは
 してはいけない。」

それを聞いたとき
伝統を「残す」ことと「守る」ことは違う
そう感じました。

今あるほとんどの「伝統」というブランド開発は
どこか「残す」ことを目的にしていないだろうか。

もちろん全てとは言えないし
それが悪いことだなんて言えない。

けどそれがどこか「空っぽの器」を
残しているような気がしてならない。

多くのデザイナーが
職人さんたちが
たくさん需要が増えることを
望んでいるとを思っている。

でもそうじゃないような気がする。

それは決してお金では片付けることのできない
「生きがい」を仕事に求めている。

求めているのは儲けることじゃない。

もしその「生きがい」ではない「伝統」を残そうとするなら
もう別のものとしてやってくれた方が職人さんのためかもしれない。

ただ商売のために「伝統」を口にするのは
「生きがい」を仕事にする人に失礼な気がする。

そうやって「残す」ことをするくらいなら
むしろなくなることを寂しく思いながらも
「生きがい」を全うして終わらせてあげた方が
「守る」ことなのかもしれない。

京都の某新規参入の伝統ブランドは
昔から続けている職人さんに
嫌われてしまうというのを聞いたことがあったが
その気持ちも少し分かる気がした。

更新することで更新する伝統を「残す」のか
更新しないことで更新する伝統を「守る」のか
どちらが正しいかなんてことはわからないけど

「お金のための生き方」と
「生き方のためのお金」は違う。

ただそれでもしたいと思うなら
まずしないといけないことは
お互いのことを「知る」ことだと思う。

どこまでが「守る」で
どこからが「残す」なのか
それをお互いに知らなければ
良いものは生まれない。

僕自身が「どこまで」のことができるか
それはまだわからないけど

未来を生きる子どもたちと
未来をつくる私たちに向けて
誇れる仕事がしたい

「現実」と向き合い
「誠実」でありたい

そんなことを考えて
相変わらずの遅筆な僕は
また日をまたいでしまったのでした。
































4月14,15日は高山祭りがありました。
天気にも恵まれ?屋台も巡りました。


工房のレポートも兼ねて屋台を観察。
金属から屋台の構造から見所がたくさんあるんですが
やはり気になってしまうのは気の彫り物。

それぞれが細やかでしかもここまで近づいて見ることができるのは
この祭りのいいところかもしれません。

いったいここまでのものをつくるのに
どんな刃物を使ったのか
どのくらい研いだのか
何を思ってつくったのか
すべてが凄いです。


(このリアルな質感。。神がかってる。。)

高山の屋台は豪商達が屋台の改修に大金を出し
大工や彫刻家、塗師たちに腕を競わせたと言われていますが
地元の人から聞いた話
雪の厳しい冬の間、腕を鈍らせないように
冬場の大工仕事としてはじめさせたことがはじまりだそうです。

そうやってできあがったものだとすると
単に凄い彫刻ではなく
仕事にかける意志が凄いとしか思えないです。

そう考えると
「仕事を育てる仕事をする」ことは大事なことで
仕事をしていない時間の過ごし方を
考えることは大事な気がします。

勉強してても楽をしてても
「頭のはたらき」を意識することが
「仕事を育てる仕事をする仕事」
なのかもしれません。

そんなことを考えては
頭が痛くなることもありますが
そんなときは
頭のはたらきを休ませるはたらきをするには…

なんて訳の分からないことを
書いて訳分からなくなっていますが

興味や関心の持ち方を変えることで
わかることがある気がします。

今日までを振り返って
明日に繋げようかな。。
がんばろ。。ふー!


全国的に有名な祭りなのに地元の子どもが
関われる仕組みがあるのもこの祭りのいいところ。
将来の自慢になりますね。


何気に撮ってしまった商店街の信号機。
景観に気を配って茶色なこともそうですが
通行止めになるために期間中は用なし。
こういうエネルギーの気の配り方も好きです。


そしてまた何気に気になった杖たち。
祭礼用?と思いながらも全てが一点もの。
こういうものを楽しむ視点は
やっぱり好きです。

以前の日記で書きましたように
なぜか3月の30日から4月1日まで東京にいました。

それはひょんなことがキッカケで
株式会社和える様の一歳のお誕生日の
一周年パーティになぜか出席していました。
(ちゃんと理由ありますけど。。)

この会社まず驚くのは
代表取締役の矢島里佳さんは
88年生まれの現役大学院生!
そして高校生の時
TVチャンピオン2という番組で
「なでしこ礼儀作法王選手権」優勝という。。

す、すごいとしか言えない。。
僕、がんばります。。
(詳しくはこちらビジプラをご覧ください。。)


この株式会社和える
子どもたちに日本の伝統をつなぐという意志のもと
誕生したそうです。

矢島さんが友人から出産祝いに
日本の伝統的なものを贈りたいと
頼まれたときのこと
見当たらなく
じゃあつくっちゃおう!が
はじまりだったそうです。

やっぱり実感って大事ですね。

確かに今
伝統工芸は見直されつつありますが
その多くは子ども向けにはつくられておらず
子どもの頃から
どんなことに触れてきたのかでは
その価値観は変わっていくとも思います。

20年後には
今生まれた子どもたちも
成人になる。

そのときにどんなもので
暮らしができているのでしょうか?
ちょっと心配になりつつも


「もの」に「ひと」を感じることができる。

だから、「もの」を大事にできる。

だから、「ひと」も大事にできる。

だから、「もの」を大事につくりたい。

だから、「もの」を大事につかいたい。

だから、「もの」を大事に繋いでいきたい。


それを繋ぐのは「ひと」だから

「ひと」を大事にしたい。


その「きもち」がまず大事。


そんな「届けあい」のある仕事が
いつまでもあってほしい
そう願います。



そんなわけで東京に来てしまったわけで
工房の皆様にはご迷惑おかけして申し訳なかったものの
やっぱり直接会って話すのが一番「ひと」を大事にできると
思ったのです。そういうわけです。

そしたらなぜかこんなことになってしまったわけで。。

お隣の着物の男性はNOSIGNERの太刀川英輔さん
(まさかの雑誌でよく見るデザイナーの方が。。)
そのお隣は和えるコーディネーターの小林百絵さん
(今年二十歳らしいです。。)
そして僕の左隣の方が代表の矢島里佳さん。

恐れ入ります。。

来る前に恵比寿の駅でどの出口で出たらいいか迷ったり
会場内の人たちがすごそうな人ばかりで
挙動不審になりすぎて人に話しかけられない
典型的な田舎者の僕としては貴重な瞬間でした。
(ホントに申し訳ありませんでした。。
 話しかけてくれた皆様、ありがとうございます。
 本当に助かりました、うれしかったです。)

そんなわけです。

「なぜか」は後々
みなさんに「あぁ、そういうこと!」と
届けられるようにがんばります。


そして帰りに頂いたあんころ餅を
和紙職人柏木一枝さんとおいしくいただきました。

一枝さんの工房に着いた時
車の音を聞きつけて階段を駆け下りくれて
(75歳とは思えない身のこなしで。)

「ごくろうさん。」

と笑顔で迎えてくれました。


ちゃんと一枝さんの仕事も届けられて良かった。
矢島さんの思いも届けられて良かった。


今度は矢島さんが飛騨に来てくれるそう。
ちゃんときもちも届いてます。

よかった、よかった。